【早稲田6年目仮想戦記】そういう早稲女もう絶滅したと思ってましたと言われたので、生存報告でもさせてください。
気が付けば、大学6年目の春。大学院に進学したのではなく、学部6年目。残念ながら、早稲田大学には6年制の医学部や薬学部のような学部はないので、本来4年間で済むところに私はまだ残っている。
「6女なんているのか!」「もう絶滅したと思っていた!」と言われることがこのところ、何度か立て続いたので、誠に請謁ながら、生存報告をば。
語学のクラスのグループワークで私が6年生ってわかった途端、「え!?6年なんですか?そういう早稲女もう絶滅したと思ってたんで会えて嬉しいです!」と3年生に言われて握手を求められるレベルに留年生が激減してる。
— まどか (@goze_tea) April 21, 2016
6年目の女子学生と7年目の男子学生の珍しさの度合い
私が6年生だと知ると、語学のクラスのグループワークは本来の作業を一旦停止して、
「友達いるんですか?」
「就活で不利にならないんですか?」
「親から何か言われないんですか?」
「留年した分の学費は自分で払ってるんですか?」
「彼氏できるんですか?結婚とか大丈夫なんですか?」
「雀荘通い詰めてたパターンですか?インターンガチ勢ですか?いままで何してたんですか?」
と、みんな大変失礼な質問を、興味深そうにたずねて来た。
私がどの質問から答えようかなと思っていたところ、同じクラスに7年生の先輩がいたということが判明し、教室のみんなの興味の矛先は突然彼に向いた。
答える気になっていたところ出鼻をくじかれ、うーん...と思っていたところ、「てか女で長く大学いる方がレアじゃね?」「7男よりも6女のほうが絶滅危機に瀕している気もしてきた」「たしかに、そうかも」という意見が出て、「よし、まあとりあえず、どっちの話も聞いてみよう!」と後輩たちによる審査の謎の品定め大会に発展した。
7年生先輩に先行を譲ったタイミングで、教授が『では、グループワーク終了!』と言ったために、このときの品定め大会は不戦に終わった。
不戦後の生存報告。
「てかもう不戦でいいよ」というのが、7年生先輩の意見で、その後大会が再開する目途は立ちそうもなく、気が付くと先輩は授業にこなくなった。たまに喫煙所で会うと、笑いながら言うのは大体2パターン。「もう中退しようかな」と「結局今日も教室行かずにずっと喫煙所だわ」
- 人と違うことをしていると説明がめんどくさい。
- 説明するために教室にいってるんじゃない。
- どうせ真面目に説明したところで、みんなそんなちゃんと理解できない。
...ということで、もうあの授業には行かないと決めたそう。
私が1年生だったころはもっと留年生で溢れてたのに、あくまで肌感覚だが、最近減った様だし、7年生もやりづらいだろうなあと思った。
そんなところ、7年で大学を卒業した別の先輩からTwitterで、「どうか学内ばかり見ている学生が少しでも世界を広げるきっかけになってください」と言うリプライをもらったので、調子に乗って、生存報告でもしてみよう、と。
@goze_tea マジか。自分は入学早々5年以上の人たちがクラス内に居たので、やっぱ早稲田はいろんな人が居るなぁと良い学びになったのですがね(そしてそのときは自分が7年になるなど思いもしていない)。どうか学内ばかり見ている学生が少しでも世界を広げるきっかけになってくださいませ
— 山崎武昭 (@takeakiyamazaki) April 17, 2016
ちなみに一番よく聞かれるのが、「1年生の時から留年とか抵抗なかったんですか?」なのだが、、この紙をもらったときは、「私たぶんギリギリで受かったから、真面目に勉強しないと付いていけないかも..。」と真面目に心配はしてた。
(5年前にもらったか拾ったかした紙)
ということで、ゆるゆる生存の報告をさせてもらいます。
お暇な方はお付き合いください。
6年生になることが決まり、伸びたモラトリアムをボーナスタイムだと思って、頑張りたいこと。
「○○の様になりたい」の○○に普通は人を入れるみたいだけど、私はいつも物を当てはめる。あんまり理解してもらえない。
「当たり障りないこと」という安全地帯に縮こまって、自分の言葉を絞り出そうとしない話し方とかやり方はかっこわるくて、ありきたりな言葉とか無難な言葉はあんまり使いたくないなと思ってた。自分の言葉で話さないと伝わらないし、相手に失礼だと思うから。それで、「損してる」とか「付き合いづらい」とか思われても構わない。わかってくれる人が意図を汲んでくれれば十分だと思っていた。
「こんにゃく」
もともと私はずっと事勿れ主義で面倒くさいことが嫌だった。思ったことを言うことで、面倒くさいことになるなら言わないし、「はい、わかりました」と言えば一瞬で済むときには、分からなくても、そう言ってた。それでいて、「意味わからん」と当人に届かないところで不満を垂れていた。こんにゃくみたいに、相手にぐにゃぐにゃ合わせる、芯がない奴だったと思う。
「のこぎり」
だから、これまでことあれ主義というか、好戦的でいることを目標にしてきたのだと振り返った今、思う。大学というところは、東京という場所はノコギリでいるにはすごく過ごしやすい場所だった。
思ったことを自分の言葉で言う。やりたいことを自分の思うやり方でやる。
語彙は多い方じゃないし、経験も浅いからうまく届かないこともある。揚げ足を取られたり、意図をくまない批判をされることもある。
それでも分かる人が分かってくれればいい。届く人に届けばいい。伝うように努力はして、その結果ダメならそれでいい。
多分、好かれてる人にはすごく好かれたし、嫌われてる人にはすごく嫌われてた。それでも東京には、大学には人がいっぱいいるし、自分のやりやすいコミュニティーにいればよかった。
嫌われないように、面倒くさいことにならないように、という発想をすると、またこんにゃくみたいな自分に戻ってしまいそうで、あえて避けてきた。迷ったら危なそうな方を選んだつもり。今度の飲み会でネタにすればいいやとか思いながら。
摩擦がないように、ありきたりな言葉や無難な言葉みたいな安全地帯にいることもできるけど、そういう言葉は、やり方は多分相手の心を上滑りする。それなら多少摩擦があってでも、相手の心のどこかに引っかかるような言葉を使いたかった。
「日本刀」
ノコギリになって、いろいろぶった斬って、最近それではもうダメだなと思うようになった。ずっと日本の職業観に違和感があって、それでドイツと韓国に留学をして、帰ってきて、職業観のアップデートをできるような何かがしたいと思って、いい機会があったから、まずイベントを作った。
「荒削りだけどいいコンセプトだと思う」というコメントをよくもらった。”荒削りだけど”と言える人たちに私はこれまで支えてもらってたんだなと気づいて、これからは切り口がもっと綺麗になるようにノコギリを卒業したいと強く思った。
職人の取材で、刀鍛冶に会いたいと思って、日本刀について調べている時に、日本刀は「しなるから」西洋の剣よりも強いということを知った。その時に、相手に合わせたり、指示に従っている様で、実際にはうまく自分のやりたい様にことを進める知り合いが思い浮かんだ。ビルとかもそうだけど、地震の時に揺れる建物の方が崩壊しない。しなる方が、強い。ノコギリの次はこれだなと思った。
日本刀の性能と力学的性質
日本刀は「折れず、曲がらず、よく切れる」といった3つの相反する性質を同時に達成することを追求しながら作刀工程が発達してきたと考えられている。「折れず、曲がらず」の材料工学においての強度と靭性の両立に相当する。両者の均衡を保つことは高度な技術の結果である。また「よく切れる」と「折れず」の両立も難しい。これについては刃先は硬く、芯に向かうと硬さが徐々に下がるいわゆる傾斜機能構造を持つことで圧縮残留応力を刃先に発生させて実現されている。
「当たり障りないこと」という安全地帯に縮こまって、自分の言葉を絞り出そうとしない話し方とかやり方はかっこわるいとは思っていたけど、安全地帯も使いようだなと思えてきた。
安全地帯に逃げないことでの危なっかしさとか荒削り感に付き合ってくれる人には本当に感謝しないといけないし、多分、若さで相殺されてきただろうけど、「若いからいいんだよ」といつまでも言ってもらえないなぁ
以上、12年ぶりの6年生になることが決まり、伸びたモラトリアムをボーナスタイムだと思って、頑張りたいことでした。
「正しさ」の外で何かを共有する
「正しさ」の外で何かを共有する、共有してる人がいるということはすごく大事だな、とこのごろ離島で生活をしているととても強く思う。効率とかスピードとか下準備の良さとか正しさとかではなくて、「人柄」「人のよさ」で仕事をしている人の多さに、驚いた。
田舎では割とどこでも、このような感じみたいだ。会議では結論が出ないし、議題のない会議も多い。最初はやばいな、何とかしなければ!と思っていた が、そこのやり方を否定せずに、効率的なやり方を無理に持ち込まずに、うまくペースをつかんで、その場所のやり方に合わせながらやっていきたいなと今は思 う。効率や正しさ以外のところで仕事ができる人たちって逆にすごいなと思えてきた。やりたいことややるべきことを見失わずに、郷に従っていきたい。
私は海外旅行が好きなのだが、旅行に行くときに、現地の人と仲良くなったり、ちょっと現地の言葉も理解したくて、多少長めの旅行をしたい人におすすめなのが、短期留学。中学生の時に2週間だけカナダ、大学生になってドイツや中国に4週間ずつ行った。
どういうところに行くかにもよるかもしれないが、留学先が語学学校ではなく、大学や語学学校だとしても大学の付属の学校だったりすると、現地の大学生たちと交流する機会も増える。どこの国に行ったときにも最初の5分10分で聞かれたのが、将来どういうことしたいか、だ。
日本だと、「大学生なの?」「へー早稲田なんだ!サークルとかやってるの?」、東京だとこのあと、「まじか、じゃあ○○とか知り合いだったりする?」が続いたりする。
外国に行くと、「日本の大学生なの?」「へー東京にあるんだ。学部/専門は?」「じゃあ将来は会計士か会社で経理とかやるの?何するの?」という流れに大抵なる。別に意識高い学生の会話ではなく、居酒屋やバーで知り合ったとしても、ほぼこういう流れはある。
どこの国でもこうなのか、日本だけ変なのかなと疑問に思って、私は韓国に留学に行った。
韓国は、世界で一番大学進学率が高い国で、芸能人だって大抵大卒。受験戦争が激しいイメージもあったし、警察が試験時間に遅れそうな受験生を受験会 場に送るという写真は、確か中学生のころ、社会の教科書で見た記憶もあった。高いといわれる日本の自殺率をも上回っている。(2010年には、人口10万 人あたりの自殺者数で世界1位になるほど。)財閥企業で働く人が勝ち組とされたり、勝ち組負け組意識も強い。
そんな韓国であれば、学部なんて特に思い入れもなくて、「将来就きたい仕事は?」と聞くと、『え、仕事?会社員かな。できるだけ有名な会社で。』なんて答えが返ってくるのではと想定していた。
職業観のねじれは、多くの外国<<日本<<<<<<<<韓国だと捉えていた。しかし、そんなことはなかった。別にアンケート配って職業観にかかわる意識調査等をした訳でも、意識高めなイベントにいって質問した訳でも、留学生ばっかりが受ける英語での授業を受けに来ている韓国人にばかり聞いた訳でもない。
できるだけ意識低い層が集まりそうなところにいっぱい行った。意識低いアピールもしっかりした。まあ、ご察しの通り、お酒である。
外国人、韓国人、日本人含めてよく飲みに行った。居酒屋で知り合う韓国人も多くいた。英語で話こんでいる外国人たちが突然急に韓国語でコールをふったりしているので、絡みたくなるのもわかる。
韓国の高麗大学というところに留学をしていたのだが、高麗大学は韓国の早稲田大学と言われるだけあって、早稲田同様、高麗大学もキャンパスと居酒屋街の近さに魅力を下支えされている様なところだった。居酒屋で仲良くなった韓国人が自分の友人を指さして、
「こいつ、会計士を目指してるんだけど、去年公認会計士の試験に受かって、めっちゃ優秀だし、夢もあっていいやつなんだ」
と言って来たり、英語も日本語も話せないからとLINEの日韓翻訳機能を使いながら、
「俺の夢は弁護士なんだ。だからあんまりお酒を飲んでる時間なんてないんだけど、勉強しないといけないんだけど、今日は休み笑」
と聞いてもいない夢を教えてくれる人が居たり、日本よりぜんぜんまともじゃないかと思ってしまった。
韓国への留学に行くまで、私は「偏差値」というのが職業観のねじれの根源だと思っていた。
たとえば、
ドイツはクラフトマンシップが整っていて、”所属する会社ではなくて、従事する職種が彼らの誇りである。だから、中小工場のみならず、大工場でも、現場責 任者であるマイスターたちは、経営者を同僚と考えているケースが多い[1]”そしてドイツには、大学等の学校の偏差値という概念がない。そもそも「いい学 校」というのが通じない。学部やそこにいる先生、学校の設備などで大学を決める。自分の教えてもらいたい教授が別の大学に転勤になったら、退学してその教 授の勤務する大学に入りなおす人もいるくらいである。
偏差値がないから、一般的な価値軸が存在しないから、みな自分なりの価値軸をもっていて、職業観のねじれがないのだろうと思っていた。
それもあるだろうが、韓国に行って、同じ偏差値がある国にいって、より「いい学校」への意識の強いだろう国で過ごしてみて、他にも要因があるのだとわかった。
おそらくそれは、「総合職の存在」だ。
韓国は学歴社会だ。だから、経済学部に行けば、経理や会計士になったり、家業の経営に携わるというのが普通である。新卒で総合職というのはあまりメ ジャーではないからだ。ゆえに、大学での成績は就職においてたいへん重要である。教育に職業的な意義があるので、あまり私は何をがんばればいいんだろう状 態(私は勝手にホワイトアウト状態と呼んでいる)にならないのだと思う。
それに比べて、新卒採用で総合職をとるのがメジャーな日本では、大学での学びが仕事に直結しないので、学術的な目標は持ちにくい環境にある。また、 学校の外で何をがんばればいいのかという軸も見えづらい。留学しないよりした方がよさそう。インターンもした方がよさそう等という発想になりやすい。
そんな何をがんばればいいのか分からない、どっちに向かえばいいか分らないホワイトアウトしている人や、一般的な軸だけを頼りに頑張ってきて、自分の軸が羅針盤が見えていない人のためになるんじゃないのかなと思って企画しているのが、このイベントだ。
https://docs.google.com/forms/d/13YnFVKipqdapvC5WhBzKgMULoFt6PGOMlZBQOCBU6-Q/viewform
私の留学計画の企画書についてコメントして頂いた、クリエイティブディレクターの永澤さん。トビタテへの応募以前から交流のあった、美容師のエザキ さんや漁師の大野さん。留学直前に知り合い、「韓国で公演をするんです」「私も留学で韓国にいくので、何かあればお手伝いします」と連絡をとりあっていて 香瑠鼓さん、トビタテ生からも個性あふれる3人に、うち2人は現地アメリカとバングラディッシュから中継でも登壇をしてもらう。
イベントに来たからといって、自分の羅針盤が読めるようになる、やりたいことがすぐに見つかる、なんてことは考えていない。もちろ んそうなれば、いいのだが。「いい学校、いい会社」だったり「(しないより)留学した方がよさそう」だったりは、何をしたいかわからなくなった時に、頼り やすい指標だし、頼ることを否定する気は全くない。わからないときには、じっと動かないよりも、とりあえず飛び込んでみる、向かってみるということはすご く大切なことだろう。
「大企業よりベンチャーだ!」「日本の大学より海外だ!」等とメインストリームに代わる新たな指標を提示する気もない。登壇しても らう10人は、自分の羅針盤の指す方へと進んでいる。10人ともそれぞれの方向に向かっているし、10人の磁気はきっとすごく強い。話を聞くことで、きっ と羅針盤は磁気異常を起こしてぐるぐるとまわり、何が正しいのか、自分が何をしたらいいのか、はきっともっとわからなくなる。しかし自分の羅針盤を読むた めには、正しい方向は一つではないということを「具体例をもって」知ることが必要だと思う。各部5人の登壇者がいる。5つの磁石、あるいは10の磁石に振 り回されてみてほしい。自分の羅針盤が読めるようになるのはきっとそのあとだ。
トビタテ!留学JAPANのプログラム応募時点で、私はその「手厚い奨学金」に興味がなかった、と言えば嘘にはなるが、どちらかというとそこに集まるだろう変わり者1期生のコミュニティーや企業との就活を超えた繋がりに魅力を感じて応募した。
しかし、ログインの手間を理由にか、あまり機能していないトビタテ生用のSNSと協賛企業の方とは直接会って話をする機会も特にないのが現状であ る。留学を通してやりたいことについてもっと企業の人からアドバイスをしてもらえたり、「あ、うちの会社ドイツに支社があるんだけど、デュッセルドルフ支 社のなんとかさんとかそういうこと協力してくれるかも」等、あわよくば留学先の国の人の紹介をしてもらえたり、トビタテのメンバー同士でお互いの企画に指 摘をし合ったりする機会がいっぱいあったりだとかを期待していた。
トビタテのプログラムを利用して留学し、帰国したいま、私は甘えていたなあと思う。自分からトビタテ生同士で集まる機会をつくったり、イベントを企 画してみたり、企業の人に多少しつこいくらいのアタックをしなければ、自分の留学計画を気にかけてくれたり、それについてのコメントや助けをもらえること なんてない。トビタテを整備された道として捉えるのではなく、自分で切り開いていこうという姿勢で利用するべきだったなあと今は思うし、そういう姿勢でい れば、応援してくれる人もいっぱいいるし、巻き込みやすいコミュニティーでもある。
このイベントを企画・運営するなかで、いろんな人を巻き込み、巻き込まれ、私には、私たちには応援してくれる仲間がいっぱいいる。
このイベントを一緒にやろうという誘いを鈴木さんにうけて、飲んだことある人だし、多少かかわるか!と思った過去の自分の判断に、もとい誘っ てくれた鈴木さんに、手伝ってくれているトビタテ生に、記事を書くのがやたら遅れるのに、いろいろと気を使ってくれている発信局のえいさんには、感謝しか ない。トビタテなんて興味ない人、留学にすら興味ない人に届けたくて、トビタテの愚痴を出したり、アルコールネタに偏った記事を書こうと思うんですが、ど うすか?と聞いて、「なにかあったら一緒に謝りに行こう笑」「いいんじゃない。」「飲みにいこう。」と言ってくれた五月祭広報チームの4人も。
そして、実はこの5月16日というのは、トビタテ1期生の1,2月帰国者の事後研修の日でもある(事後研修に出なければ、奨学金の返還を...とい う規約がある)のだが、このイベントにかける想いを組んで頂いて、応援をしてくれているプロジェクトディレクターの船橋さんを始めとする、文部科学省のト ビタテ事務局の方々にも感謝している。
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「心の羅針盤を揺らそう」紹介記事 vol.3
強い磁石に振り回されることのススメ
企画・運営中の東京大学、五月祭でのイベント「心の羅針盤を揺らそう」について、
企画に至るまでの経緯や登壇者の紹介、運営陣の想い等について書きます。
writer : 宮本まどか
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「心の羅針盤を揺らそう」紹介記事
vol.1 「いい学校、いい会社、いい人生」という考え方は間違っているのか。
vol.3 強い磁石に振り回されることのススメ
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[1]小塩節「ドイツ語とドイツ人気質」より引用